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20170610中新井川

 

親戚が、練馬でレストランを始めることになった。料理の試作とメニュー用写真撮影にお付き合いして、試作品の味見に立ち会わせていただいた。
撮影は午後からというので、午前中は近くの公園でも散歩しようとgoogleMapを見ていると、なにやら不思議な道路がある。区画整理された街路を横切るくねくね道。東の端部は江古田の森公園の脇を流れる川につながっている。これは、『廃河川』だ!ということで、このルートを歩いてみることにした。
 
道の最上流は練馬駅西側の千川通りから始まる細い道だ。千川通りの反対側には河川があったような感じはしないので、ここが起点だったのだろう。千川上水から分岐された用水路だと推測されるが、地図で見る水路の末端は1kmほど先の天然の河川である江古田川となっている。用水路としてはあまりにももったいないほどの単距離で、あり得ないルートだ。

 
歩き始めは幅は2mに満たない。道に接する住戸の玄関は歩いている道路側にはなく、敷地反対側の道路に開いている。いかにも昔ここは水路だったという感じ。

 
何はともあれ、歩き始める。狭かった道が公園に出会って広がる。学田(がくでん)公園だ。ここで、この水路の謎が解けた。以前はこの公園付近に湧水を源とした池があり、そこから先が中新井川と呼ばれていて付近の田を潤していたそうだ。しかし、江戸時代後期に湧水が涸れてしまったため、北の千川上水から分水してもらったそうだ。これでルートの謎は解けた。
 
更に下流に進むと、今まで南下していたルートが中新井川公園で東向きに変わる。このあたりのルートは、『東京都の歴史と文化の散歩道』の『練馬すずしろの道』に指定されているので、少し辿ってみる。道路は中新井川から北に100mほど離れて東西に走っている。その北側は、1段上がっており、この段差に沿ってに富士稲荷神社や氷川神社、正覚院がある。昔は、川の両側に広い田圃が広がり、その北の丘の上に寺社が村を守るように建っていたのだろう。のどかな田舎の風景が目に浮かぶようだった。なお、稲荷神社には三代将軍家光お手植えのクスノキがある。また、氷川神社には、日本のビール麦『金子ゴールデン』発祥の碑がある。ああ、ありがたい。
 
また、河川跡沿いに戻り、徳殿公園をすぎて更に東に進むと、下徳田橋で遂に開渠となる。ここからは、『江古田川』と呼ばれている。廃河川歩きはここでお終い。
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このあたりは、病院が多い。それも内科中心だ。その理由は、江古田の森公園の案内板を見て判った。看板によれば、『大正時代に自然環境の整ったこの場所に結核療養所が建てられた。そして、空気が更に良くなるように療養所の廻りを植物で囲ったので、現在の江古田の森公園が生まれた。』そうだ。でも地図で高低差を強調してみると、どう見ても、江古田川に囲まれた中州のような高台に病院を建てて患者を隔離したとしか思えない。ものはいいようだなあ。

 
このあと、本来の目的であるお店に伺って、美味しい中華料理をおなかいっぱい頂きました。歩行距離6.4km、約2時間のお散歩でした。
 

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